
1.妊娠・授乳期の頭痛とは
妊娠可能年齢の女性において、片頭痛は非常に身近な疾患です。
妊娠や授乳というライフイベントにおける頭痛の変化や適切な対処法を知ることは、母子の健康を守るために重要です。
疫学と妊娠中の変化
日本における片頭痛の有病率は、全体で約8.4%とされていますが、男女差が大きく、男性3.6%に対し女性は12.9%と約4倍の高頻度です。特に30代〜40代の女性では有病率が高く、妊娠・出産期と重なります。
一般的に、妊娠中はホルモンバランス(エストロゲン)が安定するため、片頭痛は改善する傾向にあります。
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第1三半期(妊娠初期):約60%の方で改善が見られますが、悪阻(つわり)や脱水により一時的に悪化することもあります。
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第2〜3三半期(妊娠中期・後期):80%以上の方で片頭痛発作の消失または著明な改善が認められます
診断と注意すべき症状
妊娠中は血液凝固能の変化などにより、二次性頭痛(脳卒中や血栓症など)のリスクが相対的に高まる時期でもあります。以下の症状がある場合は、直ちに医療機関を受診してください。
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突然発症する激しい頭痛(雷鳴頭痛)
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発熱を伴う頭痛
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手足の麻痺、しびれ、言葉が出にくいなどの神経症状
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妊娠高血圧症候群に伴う頭痛(血圧上昇、視野障害など)
妊娠中の薬物療法
原則として非薬物療法(休息、水分摂取、睡眠、冷罨法など)を優先しますが、生活に支障がある場合は、胎児への安全性を考慮した上で薬物療法を行います。
急性期治療(発作時の痛み止め)
薬剤分類
アセトアミノフェン
一般名(代表的商品名)
アセトアミノフェン(カロナール)
使用の目安・注意点
第一選択薬。妊娠全期間を通じて比較的安全に使用可能です。
薬剤分類
トリプタン製剤
一般名(代表的商品名)
スマトリプタン(イミグラン)等
一般名(代表的商品名)
有益性投与。アセトアミノフェンで効果不十分な場合、医師の判断により検討されます。スマトリプタンは使用経験が多く比較的安全とされます。
薬剤分類
NSAIDs
一般名(代表的商品名)
イブプロフェン(ブルフェン)
ロキソプロフェン(ロキソニン)
一般名(代表的商品名)
注意が必要。妊娠後期(28週以降)は胎児動脈管収縮のリスクがあるため禁忌です。妊娠初期・中期も必要最小限に留めます。
予防療法
頭痛発作が頻回で日常生活に著しい支障をきたす場合、産婦人科医と連携の上、予防療法を慎重に検討します。『頭痛の診療ガイドライン2021』では、妊娠中の片頭痛予防療法として以下の薬剤が示されています。
非薬物療法(第一選択)
マグネシウム(360mg/日)、ビタミンB2(リボフラビン 400mg/日)などのサプリメント。安全性が高く、まず試みるべき選択肢です。
β遮断薬
プロプラノロール(インデラル)など。国際的にも妊娠中の片頭痛予防の第一選択薬として位置づけられています。ただし、胎児発育遅延や新生児低血糖・徐脈のリスクがあり、出産予定日近くでは中止を検討する必要があります。
三環系抗うつ薬
アミトリプチリン(トリプタノール)。低用量(10〜25mg/日)での使用が検討されます。不眠や不安を伴う場合に有用です。妊娠後期の使用では新生児に一時的な離脱症状(呼吸困難、イライラなど)が出る可能性があります。
妊娠中に禁忌の予防薬
バルプロ酸ナトリウム(デパケン)
催奇形性(神経管閉鎖障害、心奇形など)および胎児の神経発達障害のリスクが確立しており、妊娠中・妊活中は絶対禁忌です。
トピラマート(トピナ)
口唇口蓋裂や低出生体重児のリスクがあり、妊娠中は避けるべきです。
CGRP関連製剤
妊娠中のデータが不足しており、使用は推奨されません。半減期が長いため、妊娠を計画する数ヶ月前から中止する必要があります。
授乳期の治療
授乳中は、母乳への薬剤移行を考慮して治療薬を選択します。片頭痛発作により母親が育児困難になることを防ぐため、適切な鎮痛薬の使用は推奨されます。
診断と注意すべき症状
アセトアミノフェン(カロナール)
安全に使用可能。
イブプロフェン(ブルフェン)
母乳移行が極めて少なく、安全に使用可能。
スマトリプタン(イミグラン)
母乳への移行率は低いとされています。念のため服用後24時間(または12時間)の授乳回避(搾乳・廃棄)を指導する場合もありますが、海外ガイドラインでは制限なしとする場合もあります。
後頭神経ブロック(非薬物的侵襲治療)
妊娠中・授乳中に薬物療法が制限される場 合、後頭神経ブロックは有力な代替治療法となります。これは後頭部の神経に局所麻酔薬を注射する治療で、片頭痛や後頭神経痛に効果的です。
後頭神経ブロックの特徴
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局所麻酔薬(リドカインやメピバカインなど)を使用
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全身への薬剤移行が極めて少ない
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必要に応じて繰り返し施行可能
2.小児・思春期の頭痛
「子供が頭痛を訴える」ことは珍し くありませんが、単なる仮病や怠けと誤解され、適切な治療を受けられていないケースが多く見られます。当院では小児特有の症状や生活背景を考慮した診療を行っています。
疫学(日本のデータ)
小児の頭痛は年齢とともに増加します。日本の調査データによると、有病率は以下の通りです。
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片頭痛
中学生で約4.8%(男子3.3%、女子6.5%)、高校生で約15.6%(男子13.7%、女子17.5%)と、思春期に急増します。
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緊張型頭痛
高校生で約26.8%と非常に高頻度です。
小児頭痛の特徴と診断
成人の頭痛と異なり、小児の片頭痛には以下の特徴があります。診断には国際頭痛分類第3版(ICHD-3)に基づき、これらの特徴を加味します。
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持続時間
2〜72時間(成人より短い傾向)。
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部位
高校生で約26.8%と非常に高頻度です。
二次性頭痛の鑑別(除外すべき疾患)
小児の頭痛診療において最も重要なのは、生命に関わる疾患(二次性頭痛)の除外です。MRI検査等を用いて以下の疾患を鑑別します。
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モヤモヤ病
日本人に多い脳血管疾患。内頚動脈終末部の狭窄と異常血管網が特徴。小児期は過呼吸(笛吹き、熱いものを冷ます動作)で誘発される脱力発作や頭痛で発症することがあります。
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脳腫瘍・髄膜炎
早朝の頭痛、嘔吐、歩行障害などが見られる場合は要注意です。
起立性調節障害(OD)との関連
小児・思春期の慢性頭痛には、起立性調節障害(OD)が合併している例が多く見られます。ODは自律神経機能の不調により、立ちくらみ、朝起きられない、倦怠感などを伴います。
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非薬物療法
水分(1.5〜2L/日)と塩分の積極的摂取、起立時の工夫、適度な運動。
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薬物療法
ミドドリン(メトリジン)、アメジニウム(リズミック)、プロプラノロール(インデラル)などを使用します。
小児の片頭痛治療
発作が起きたら我慢せず、早めに鎮痛薬を使用することが重要です。
急性期治療
薬剤分類
アセトアミノフェン
特徴
小児における第一選択薬。安全性高い。体重に応じた適切な用量(10-15mg/kg/回)が必要です。
薬剤分類
イブプロフェン(ブルフェン)
特徴
アセトアミノフェンより鎮痛効果が高い場合があります。
薬剤分類
トリプタン製剤
一般名(代表的商品名)
スマトリプタン点鼻薬(イミグラン点鼻):小児(12歳以上が目安だが臨床現場では状況により使用)に対し有効性が示されています。
リザトリプタン(マクサルト):12歳以上の小児での使用経験があります。
予防療法
学校生活に支障が出る場合(欠席が多い、保健室利用頻度が高い等)は予防薬を開始します。
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カルシウム拮抗薬
ロメリジン(ミグシス)。副作用が少なく使いやすい。
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抗てんかん薬
ミドドリン(メトリジン)、アメジニウム(リズミック)、プロプラノロール(インデラル)などを使用します。
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抗うつ薬
アミトリプチリン(トリプタノール)。睡眠障害を伴う場合に有効。
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漢方薬
五苓散(気圧変動に弱い場合)、呉茱萸湯、抑肝散(ストレスが強い場合)など。
CGRP関連製剤について
近年登場した画期的な片頭痛予防薬であるCGRP関連製剤(エムガルティ、アジョビ、アイモビーグ等)は、現在保険適用上は原則として成人(18歳以上)が対象ですが、臨床的判断により15歳以上(中学生〜高校生)で使用されるケースもあります。12歳以上を対象とした治験も進行中であり、将来的には小児への適応拡大が期待されています。
慢性頭痛への移行
小児期に適切な治療を受けずに我慢を続けると、脳が痛みを記憶し過敏になる「慢性頭痛(慢性片頭痛や薬剤の使用過多による頭痛)」へ移行するリスクがあります。また、不登校やうつ状態などの二次的な問題につながることもあります。「たかが頭痛」と放置せず、専門医による早期の診断と治療介入をお勧めします。