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片頭痛の新たな治療標的:PACAP38とCGRPの関係に関する最新研究

  • 執筆者の写真: 大阪頭痛脳神経クリニック
    大阪頭痛脳神経クリニック
  • 4月20日
  • 読了時間: 10分

この記事では、2025年に発表された最新の研究結果をもとに片頭痛治療における新たな可能性について患者さんにもわかりやすく解説いたします。現在使われているCGRP標的治療とは異なるPACAP38という新しい治療標的について学びましょう。


はじめに:片頭痛について

片頭痛は、多くの方が経験する辛い頭痛の一種です。

単なる頭痛ではなく神経系の疾患として理解されており、以下のような特徴があります

  • ズキズキとした拍動性の痛み

  • 光や音に敏感になる(光過敏・音過敏)

  • 吐き気や嘔吐を伴うことがある

  • 日常生活に大きな支障をきたす

  • 女性に多く、遺伝的な要因も関与する

近年、片頭痛のメカニズム(仕組み)について多くの研究が行われ脳内の特定の化学物質(神経伝達物質)が重要な役割を果たしていることがわかってきました。

その中でも特に注目されているのがCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)とPACAP38(下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド38)という2つの物質です。


目次


  1. CGRPとは何か

CGRP(Calcitonin Gene-Related Peptide:カルシトニン遺伝子関連ペプチド)は、神経系で作られるタンパク質の一種で、片頭痛の発症において中心的な役割を果たしていることが明らかになっています。


CGRPの働き

  • 血管拡張作用:脳の血管を広げることで血管周囲の神経を刺激し痛みを引き起こします

  • 炎症反応:血管周囲に炎症を起こし、痛みを増強させます

  • 痛み信号の伝達:三叉神経(顔面の感覚を司る神経)を通じて脳に痛み信号を送ります


CGRP標的治療薬

現在、CGRPの働きを抑える薬剤がいくつか開発され、実際の治療に使用されています

  • エプチネズマブ(商品名:アイモビーグ等):CGRPに直接結合してその働きを阻害する注射薬

  • CGRP受容体拮抗薬:CGRPが結合する受容体をブロックする飲み薬

これらの薬剤は多くの患者さんに効果を示していますが、すべての患者さんに効くわけではありません。そのため他の治療標的の研究が続けられています。


  1. PACAP38とは何か

PACAP38(Pituitary Adenylyl Cyclase-Activating Polypeptide 38:下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ポリペプチド38)は、比較的最近注目されるようになった神経ペプチドです。


PACAP38の特徴

  • 神経系での役割:神経細胞間の情報伝達に関与する重要な物質

  • 血管への作用:CGRPと同様に血管を拡張させる働きがある

  • 炎症との関係:炎症反応を引き起こし、痛みを増強させる可能性

  • 片頭痛誘発能:実験的にPACAP38を投与すると片頭痛様の症状を引き起こすことが確認されている


ポイント:これまで、PACAP38がCGRPの放出を促進することで間接的に片頭痛を引き起こすと考えられていました。

しかし、PACAP38が独立してCGRPとは別の経路で片頭痛を引き起こす可能性が指摘されるようになりました。



  1. 今回の研究について

今回ご紹介する研究は、デンマークの研究チームが2025年に発表した重要な臨床試験です。この研究の目的は、「PACAP38による片頭痛発作が、CGRPの働きをブロックしても防げるかどうか」を調べることでした。


表1:研究の基本情報

項目

内容

研究デザイン

二重盲検無作為化プラセボ対照試験

参加者

前兆のない片頭痛患者38名(18-60歳)

群分け

エプチネズマブ群:19名


プラセボ群:19名

介入方法

エプチネズマブ300mgまたはプラセボを静脈投与


2時間後にPACAP38を20分間投与

主要評価項目

24時間以内の片頭痛発作発症率

副次評価項目

頭痛発症率、頭痛強度、血管拡張、血流変化

観察期間

24時間

研究方法の詳細

二重盲検試験とは、患者さんも医師も、どちらの薬剤を投与されているかわからない状態で行う試験です。これにより、先入観による影響を排除できます。


研究の流れ

  1. 参加者を2つのグループにランダムに分ける

  2. 一方のグループにはエプチネズマブ(抗CGRP薬)、もう一方には生理食塩水(プラセボ)を投与

  3. 2時間後全員にPACAP38を投与

  4. 24時間にわたって片頭痛の発症を観察

もしPACAP38がCGRPを通じて片頭痛を引き起こすならエプチネズマブで事前にCGRPをブロックしておけば、PACAP38による片頭痛は防げるはずです。



  1. 研究結果の詳細


表2:エプチネズマブ群とプラセボ群の比較結果

評価項目

エプチネズマブ群


(n=19)

プラセボ群


(n=19)

P値

統計的有意差

片頭痛発作発症率

53% (10/19名)

63% (12/19名)

0.74

なし

任意の強度の頭痛発症率

79% (15/19名)

84% (16/19名)

>0.99

なし

頭痛発症までの時間

(中央値)

3.8時間

4.0時間

-

なし

頭痛強度

(12時間AUC)

有意差なし

有意差なし

0.96

なし

側頭動脈径変化

有意差なし

有意差なし

>0.05

なし

顔面血流変化

有意差なし

有意差なし

>0.05

なし

結果の解釈

エプチネズマブでCGRPの働きをブロックしても、PACAP38による片頭痛発作は防げませんでした。

これは、PACAP38がCGRPとは独立した経路で片頭痛を引き起こすことを強く示唆しています。

統計的な意味:P値が0.05を超えている場合、統計的に有意な差がないことを意味します。つまり、エプチネズマブを投与しても、PACAP38による片頭痛の発症率に変化がなかったということです。


具体的な数値

  • エプチネズマブを投与しても、19名中10名(53%)が片頭痛を発症

  • プラセボ群では19名中12名(63%)が片頭痛を発症

  • この差は統計学的に意味のある差ではない(偶然の範囲内)



  1. この研究が意味すること

片頭痛のメカニズムに対する新しい理解

この研究結果は、片頭痛の発症メカニズムについて重要な示唆を与えています

  • 独立した経路の存在:CGRPとPACAP38は、それぞれ独立して片頭痛を引き起こす可能性が高い

  • 複数の治療標的:片頭痛を完全にコントロールするには、複数の経路を同時に抑える必要があるかもしれない

  • 個人差の理由:なぜCGRP標的治療が効く人と効かない人がいるのか、その理由の一部が説明できる


表3:CGRP標的治療とPACAP標的治療の比較

項目

CGRP標的治療

PACAP標的治療

開発状況

既に実用化済み

臨床試験段階

作用機序

CGRP経路をブロック

PACAP経路をブロック

相互作用

PACAP経路とは独立

CGRP経路とは独立

治療効果

約50-60%の患者で有効

研究段階(期待される)

副作用

比較的軽微

評価中

投与方法

注射または内服

注射(予定)

適応患者

CGRP依存性片頭痛

PACAP依存性片頭痛(予想)

臨床的な意義

CGRP治療が効かない患者さんへの新たな希望:現在のCGRP標的治療薬が効かない、または十分な効果が得られない患者さんにとってPACAP標的治療は新たな選択肢となる可能性があります。

個別化医療への道筋:将来的には、患者さん一人ひとりの片頭痛がCGRP依存性なのか、PACAP依存性なのか、それとも両方に関連しているのかを調べて最適な治療法を選択できるようになるかもしれません。



  1. 今後の治療への期待


PACAP標的治療薬の開発

現在、いくつかの製薬会社がPACAP経路を標的とした治療薬の開発を進めています

  • 抗PACAP抗体:CGRPに対するエプチネズマブと同様の仕組みで、PACAP自体に結合してその働きを阻害する薬剤

  • PACAP受容体拮抗薬:PACAPが結合する受容体をブロックする薬剤

  • 併用療法:CGRPとPACAPの両方を同時にブロックする治療法


期待される効果

治療選択肢の拡大

  • CGRP治療が無効な患者さんへの新しい治療オプション

  • より多くの患者さんで片頭痛の完全なコントロールが可能に

  • 副作用のプロファイルが異なる治療薬の選択肢


個別化医療の実現

  • 患者さんごとの片頭痛のタイプに応じた治療法の選択

  • バイオマーカー(血液検査等)による治療効果の予測

  • より効果的で副作用の少ない治療の実現


実用化までの課題

一方で、PACAP標的治療薬が実際に患者さんに届けられるまでにはまだいくつかの課題があります

  • 安全性の確認:より多くの患者さんでの長期安全性データの蓄積

  • 効果の検証:大規模な臨床試験での有効性の確認

  • 最適な投与方法:投与量、投与間隔、投与経路の最適化

  • 薬事承認:各国の薬事当局による審査と承認



  1. よくある質問(Q&A)


Q1:新しい標的「PACAP38」とは何ですか?

A: PACAP38は、CGRPと同様に脳の血管を広げ、痛みを引き起こす「神経ペプチド」の一種です。2025年の最新研究により、PACAP38はCGRPとは全く別のルート(独立した経路)で片頭痛を誘発していることが明らかになりました。


Q2:現在使っているCGRP標的薬(アイモビーグなど)は、PACAP38にも効きますか?

A: いいえ、今回の研究結果では「効かない」ことが示されました。

CGRPの働きを強力にブロックした状態でも、PACAP38を投与すると片頭痛発作が起きたため、PACAP38による発作を抑えるには、専用の新しい治療薬が必要になります。


Q3:CGRP標的治療で効果がなかった人でも、新しい治療の対象になりますか?

A: はい、非常に期待されています。

従来の治療薬で十分な効果が得られなかった患者さんは、この「PACAP38経路」が原因である可能性があります。将来的にPACAP標的薬が登場すれば、これまで「打つ手がない」とされていた症例に対する重要な選択肢となります。


Q4:PACAP標的の新しい薬はいつ頃実用化されますか?

A: 2025年現在、複数の製薬会社が「抗PACAP抗体」や「PACAP受容体拮抗薬」の臨床試験(治験)を進めています。一般のクリニックで使用可能になるまでには、さらに数年の大規模な検証と承認プロセスが必要と予想されますが、開発は着実に進んでいます。


Q5:将来的にはどのように治療が変わりますか?

A: 「個別化医療(プレシジョン・メディシン)」が進むと考えられています。患者さんごとに「CGRPが原因か、PACAPが原因か」をバイオマーカーなどで特定し、一人ひとりに最適な薬剤を選択、あるいは両方を併用するといった、より精度の高い治療が可能になると期待されています。



  1. コメント

PACAPとCGRPの頭痛発症に関する研究をまとめました。

CGRPに関しては治療標的として確立されていますが、PACAP関連薬は現在は臨床的に使用できるものはありありません。

しかしCGRP関連の薬が効果のなかった症例にPACAP抗体が治療効果を示した研究も報告されております。

今回の研究結果でCGRPとPACAP別の機序で片頭痛発作を呈している可能性が示唆されています。現状の保険医療で行える範囲の治療でも改善を得ていないかたでも症例的にPACAP関連の薬が発売されれば改善の可能性があります。

しかし大事なのは前提として片頭痛の診断をしっかりと受けていることが大切です。緊張型頭痛や片頭痛に似た頭痛発作を来す副鼻腔炎発作など、その他の鑑別が必要になる方もいらっしゃいます。

治療が進歩した際に最新の治療を受けるためにも現状の診断、やれる範囲での治療を受けておくこともお勧めいたします。



  1. 参考文献

  2. Al-Karagholi MA, Zhuang ZA, Beich S, Ashina H, Ashina M. PACAP38-induced migraine attacks are independent of CGRP signaling: a randomized controlled trial. The Journal of Headache and Pain. 2025;26:79. https://doi.org/10.1186/s10194-025-02022-2

  3. Headache Classification Committee of the International Headache Society (IHS). The International Classification of Headache Disorders, 3rd edition. Cephalalgia. 2018;38(1):1-211.

  4. Goadsby PJ, Holland PR, Martins-Oliveira M, Hoffmann J, Schankin C, Akerman S. Pathophysiology of Migraine: A Disorder of Sensory Processing. Physiological Reviews. 2017;97(2):553-622.

  5. Ashina M, Terwindt GM, Al-Karagholi MA, et al. Migraine: disease characterisation, biomarkers, and precision medicine. The Lancet. 2021;397(10283):1496-1504.

  6. Dodick DW, Ashina M, Brandes JL, et al. ARISE: A Phase 3 randomized trial of erenumab for episodic migraine. Neurology. 2018;90(19):e1704-e1712.


注意事項:この記事は教育目的で作成されており、医学的アドバイスに代わるものではありません。片頭痛の治療については、必ず医師にご相談ください。記載された情報は2025年1月時点のものであり、今後の研究により変更される可能性があります。

作成日:2025年1月対象読者:頭痛クリニック患者および片頭痛に関心のある一般の方監修:頭痛専門医による内容確認済み



  1. 監修医師紹介

大阪頭痛脳神経クリニック

猪股 拓海 Takumi Inomata



  • 資格・所属学会

    • 日本内科学会 内科専門医

    • 日本頭痛学会 頭痛専門医

    • 日本神経学会 脳神経内科専門医



  • 専門分野

    • 脳神経内科



略歴


2018年

秋田大学医学部医学科 卒業

市立秋田総合病院 初期臨床研究プログラム


2020年

市立秋田総合病院 脳神経内科


2022年

国立病院機構 あきた病院 脳神経内科


2023年

市立秋田総合病院 脳神経内科


2025年

天王寺だい脳神経外科


2026年

大阪頭痛脳神経クリニック / 天王寺だい脳神経外科




天王寺だい脳神経外科

山田 大 Dai Yamada



  • 資格・所属学会

    • 日本脳神経外科学会 専門医

    • 身体福祉障害者指定医

    • 難病指定医

    • 日本脳神経外科コングレス

    • 日本頭痛学会

    • 日本脳卒中学会

    • 日本認知症学会

    • 日本頭痛学会 頭痛専門医


  • 専門分野

    • 頭痛の治療

    • 認知症の治療

    • 首、腰の病気、しびれ

    • 血管の病気

    • めまい、たちくらみ

    • てんかん

    • 高血圧、高脂血症、糖尿病

    • リハビリテーション


略 歴


2013年

近畿大学医学部医学科 卒業

高砂市民病院 初期研修医 内科、外科、製鉄記念広畑病院 救急科


2015年

医療法人寿会 富永病院 脳神経外科


2018年

医療法人寿会 福島県 総合南東北病院 脳神経外科


2019年

医療法人寿会 富永病院 脳神経外科


2021年12月

医療法人寿会 富永病院 退職


2022年2月

天王寺だい脳神経外科 開院




 
 
 

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