前庭片頭痛の予防的管理
- 大阪頭痛脳神経クリニック
- 3月12日
- 読了時間: 10分
更新日:3月26日

目次
前庭片頭痛とは
定義と症状
前庭片頭痛(Vestibular Migraine: VM)は、片頭痛の既往歴がある方に起こるめまい発作を特徴とする神経疾患です。
1917年にBoenheimによって初めて詳しく報告され、これまで「片頭痛性めまい」「片頭痛関連めまい」などの様々な名称で呼ばれてきました。
主な症状には以下があります
回転性めまい:周囲が回っているような感覚
浮遊感:ふわふわとした感覚
頭位めまい:頭の位置を変えた時に起こるめまい
片頭痛症状:頭痛、光過敏、音過敏、視覚障害
診断基準(Bárány協会基準)
国際的に認められた診断基準では、以下の条件を満たす必要があります
めまい発作:中等度から重度のめまい症状が5回以上、各発作が5分~72時間持続
片頭痛の既往:現在または過去に片頭痛の診断
片頭痛関連症状:めまい発作の少なくとも半数で以下のいずれかを伴う
・光過敏(明るい光がまぶしく感じる)
・音過敏(音に対して敏感になる)
・視覚性前兆(ギザギザした光が見える等)
・片頭痛様の頭痛
他疾患の除外:他の病気では説明がつかない
有病率と重要性
前庭片頭痛は一般人口の約3%が罹患する比較的頻度の高い疾患で、めまいの原因として第2位、自発性(非体位性)の反復性めまいの原因としては第1位を占めています。
しかし、症状が他の前庭疾患と重複することや特異的な検査所見がないことからしばしば診断が遅れることが問題となっています。
病態メカニズム
三叉神経血管系の活性化
前庭片頭痛の発症メカニズムとして、三叉神経血管系(trigemino-vascular system)の活性化が重要な役割を果たしています。
この系統が活性化されると血管周囲に炎症性の神経ペプチドが放出され、痛みやめまいの症状を引き起こします。
CGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)の役割
CGRP(Calcitonin Gene-Related Peptide)は、片頭痛の発症において中心的な役割を担う神経ペプチドです。CGRPが過剰に放出されると、以下のような変化が起こります:
血管の拡張と炎症
痛覚神経の過敏化
前庭系への影響によるめまい症状
前庭視床皮質経路の機能不全
神経画像研究により、前庭片頭痛患者では前庭視床皮質経路(vestibulothalamocortical pathway)に構造的・機能的な変化が認められることが明らかになっています。
この経路は平衡感覚の処理に重要であり、その機能不全がめまい症状の原因となると考えられています。
予防治療の種類と効果
前庭片頭痛の治療は急性期治療(発作時の対症療法)と予防治療に分けられます。
ここでは発作の頻度や強度を減らすことを目的とした予防治療について詳しくご説明します。
抗CGRP抗体製剤(最新の治療法)
抗CGRP抗体製剤は、CGRPの働きを阻害することで片頭痛を予防する新しいクラスの薬剤です。月1回の皮下注射により投与され、優れた安全性と有効性を示しています。
エレヌマブ(Erenumab)140mg 月1回皮下注射
著明改善:27.3%の患者
中等度改善:27.3%の患者
軽度改善:18.2%の患者
副作用:26.4週間の観察期間中、23名の患者で副作用なし
ガルカネズマブ(Galcanezumab)
著明改善:50%の患者(最も高い有効率)
無効:16.7%のみ
フレマネズマブ(Fremanezumab)
著明改善:22.2%の患者
抗CGRP抗体製剤は特に従来の治療で効果不十分な難治例に対して推奨されています。
ベータ遮断薬
プロプラノロールは前庭片頭痛の予防治療において最も研究が進んでおり、第一選択薬の一つとされています。
プロプラノロール 40-60mg/日の効果
VSS(めまい症状スケール):26.47 → 4.84(改善度-21.63)
DHI(めまい障害指数):50.21 → 9.31(改善度-40.90)
めまい発作頻度:1日2回 → 2ヶ月に1回
めまい強度(VAS):6.33-7.75 → 3.25-4.00
プロプラノロールは血圧や心拍数を下げる作用があるため低血圧や徐脈の方、喘息の既往がある方は使用できない場合があります。
カルシウム拮抗薬
カルシウム拮抗薬は血管の収縮を抑制することで片頭痛を予防します。
日本ではロメリジンが、海外ではフルナリジンやシンナリジンが使用されています。
ロメリジン 10mg/日
完全寛解率:63.6%(他の薬剤28.6%より優秀)
フルナリジン
10mg/日:VSS 6.41 → 5.86(改善度-0.55)
5mg/日:めまいVAS 6.82 → 4.56(改善度-2.26)
主な副作用:眠気(22.7%)、体重増加、パーキンソン症候群(長期使用時)
抗てんかん薬
抗てんかん薬は神経の興奮を抑制することで片頭痛を予防します。特にトピラマートは有効性が証明されており、第一選択薬の一つです。
トピラマート 25-200mg/日
頭痛頻度:月-0.55回の減少
めまいVAS:8.29 → 3.33(大幅改善)
用量依存性の効果(高用量でより効果的)
バルプロ酸 500mg 1日2回
VSS 5.80 → 5.30(改善度-0.50)と限定的効果
トピラマートの副作用:手足のしびれ(13.3%)、体重減少(6.7%)、認知機能低下、腎結石
抗うつ薬
抗うつ薬は神経伝達物質のバランスを調整することで片頭痛を予防します。
特にセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)や三環系抗うつ薬が使用されます。
ベンラファキシン(SNRI)37.5mg/日
めまい発作頻度:5.83 → 3.09回/月(改善度-2.74)
DHI:41.74 → 31.30(改善度-10.44)
シタロプラム(SSRI)20mg/日(大規模試験 n=152)
DHI:52.26 → 12.29(改善度-39.97)
めまい発作:4.0 → 0.4回/月(90%減少)
セロトニン系の調整が有効であることを示す優秀な結果
主な副作用:吐き気(8.7%)、眠気、口渇、便秘、性機能障害
治療効果の比較

表1:主要な予防薬の比較
薬剤分類 | 代表薬剤 | 用量 | 主な効果指標 | 主な副作用 | 治療期間 |
抗CGRP抗体 | エレヌマブ | 140mg月1回皮下注 | 著明改善 27.3% | 副作用なし | 3-6ヶ月 |
ベータ遮断薬 | プロプラノロール | 40-60mg/日 | DHI改善 -40.90 | 低血圧、徐脈 | 3ヶ月 |
カルシウム拮抗薬 | ロメリジン | 10mg/日 | 完全寛解 63.6% | 眠気 22.7% | 3ヶ月 |
抗てんかん薬 | トピラマート | 25-200mg/日 | めまいVAS -4.96 | しびれ 13.3% | 3ヶ月 |
抗うつ薬 | シタロプラム | 20mg/日 | DHI改善 -39.97 | 吐き気 8.7% | 3-6ヶ月 |
表2:治療効果の詳細データ(DHI、VSS、発作頻度の改善)
薬剤 | DHI改善度 | VSS改善度 | 発作頻度変化 | 症例数 |
プロプラノロール | 50.21 → 9.31 (-40.90) | 26.47 → 4.84 (-21.63) | 1日2回 → 2ヶ月1回 | 38例 |
シタロプラム | 52.26 → 12.29 (-39.97) | データなし | 4.0 → 0.4回/月 | 152例 |
ベンラファキシン | 41.74 → 31.30 (-10.44) | データなし | 5.83 → 3.09回/月 | 23例 |
フルナリジン | データなし | 6.41 → 5.86 (-0.55) | データなし | 44例 |
前庭リハビリテーション療法(VRT)
前庭リハビリテーション療法(Vestibular Rehabilitation Therapy: VRT)は、薬物療法と組み合わせて行われる重要な非薬物療法です。以下のような効果が期待できます
平衡機能の改善:バランス訓練により姿勢制御能力を向上
代償機能の促進:他の感覚器官による平衡機能の代償を促進
めまいの軽減:段階的な前庭刺激により症状の軽減
日常生活動作の向上:具体的な動作練習により生活の質を改善
VRTの具体的内容
頭部・眼球運動訓練
バランス訓練
歩行訓練
日常生活動作訓練
理学療法士の指導のもとで継続的に行うことが重要です。
治療選択のポイント
第一選択薬
系統的レビューの結果、プロプラノロールとトピラマートが第一選択薬として推奨されています。これらの薬剤は以下の理由で優先されます
豊富な臨床データ:多くの研究で有効性が証明されている
優れた効果:めまい症状と頭痛の両方に効果
安全性:適切な監視下での使用で安全
コスト効果:比較的安価で長期使用可能
難治例への対応
従来の治療で効果が不十分な場合、抗CGRP抗体製剤が推奨されます
高い有効性:特にガルカネズマブで50%の著明改善率
優れた安全性:重篤な副作用の報告がない
利便性:月1回の注射のみ
QOL改善:日常生活への影響が少ない
併用療法の重要性
最適な治療効果を得るためには、以下の組み合わせが重要です
推奨される治療の組み合わせ
薬物療法(予防薬) + 急性期治療薬(発作時)
薬物療法 + 前庭リハビリテーション療法
薬物療法 + 生活習慣の改善(規則正しい睡眠、ストレス管理、適度な運動)
薬物療法 + トリガー因子の回避(特定の食品、ストレス、睡眠不足等)
治療期間
予防治療の標準的な治療期間は3ヶ月ですが、患者さんの状態に応じて1-6ヶ月の範囲で調整されます。効果判定は少なくとも2-3ヶ月の継続治療後に行うことが推奨されています。
患者様へのアドバイス
治療に関する重要なポイント
治療を成功させるために
継続性:予防薬は症状が改善しても指示された期間は継続する
記録:症状日記をつけて治療効果を客観的に評価する
コミュニケーション:副作用や効果について医師と密接に相談する
生活習慣:規則正しい生活リズムを心がける
ストレス管理:適切なストレス対策を行う
副作用への対処
各薬剤で報告されている副作用について理解し、異常を感じた場合は速やかに医師に相談することが重要です。
多くの副作用は軽微であり、用量調整や薬剤変更により改善可能です。
治療効果の期待値
治療効果には個人差があります。完全な症状消失を目指すとともに症状の頻度や強度の軽減により生活の質を向上させることも重要な治療目標です。
コメント
めまいを伴う片頭痛である前庭性片頭痛の論文についてまとめました。治療に関しては基本的に一般的な片頭痛治療薬を用いることが多いですが上記のようにプロプラノロールやミグシスを優先的に検討する方も多いです。
トピラマートに関しては日本で頭痛の保険適応がないため使用することができません。
CGRP関連抗体薬は費用は高いですが頭痛治療効果がとても高くめまいを伴っている方は頭痛の頻度の減少とともにめまいの頻度も改善する方も多くいらっしゃいます。
片頭痛のみではなく緊張型頭痛でもめまい感を感じる方がいらっしゃるので頭痛専門医の診察でしっかりと片頭痛か緊張型頭痛か鑑別頂くのが治療の近道と思います。
参考文献
主要参考文献
Almohammed HA, Khair Al Zoabi BM, Gharawi LM, Thalib HI, Kushara KF, Bin Saddiq BW, Khan TN, Alsaygh SJ, Morad AS, Pereira M, Aljuaid RW, Abuhulayqah S. Prophylactic Management of Vestibular Migraine: A Systematic Review. Annals of Clinical and Translational Neurology. 2025. doi:10.1002/acn3.70234
診断基準
Lempert T, Olesen J, Furman J, et al. Vestibular migraine: diagnostic criteria. Journal of Vestibular Research. 2012;22(4):167-172.
※注意事項:本記事は医学論文に基づく一般的な情報提供を目的としており、個別の医学的アドバイスに代わるものではありません。治療に関する決定は、必ず担当医師との相談の上で行ってください。
監修医師紹介
大阪頭痛脳神経クリニック
猪股 拓海 Takumi Inomata

資格・所属学会
日本内科学会 内科専門医
日本頭痛学会 頭痛専門医
日本神経学会 脳神経内科専門医
専門分野
脳神経内科
略歴
2018年
秋田大学医学部医学科 卒業
市立秋田総合病院 初期臨床研究プログラム
2020年
市立秋田総合病院 脳神経内科
2022年
国立病院機構 あきた病院 脳神経内科
2023年
市立秋田総合病院 脳神経内科
2025年
天王寺だい脳神経外科
2026年
大阪頭痛脳神経クリニック / 天王寺だい脳神経外科
天王寺だい脳神経外科
山田 大 Dai Yamada

資格・所属学会
日本脳神経外科学会 専門医
身体福祉障害者指定医
難病指定医
日本脳神経外科コングレス
日本頭痛学会
日本脳卒中学会
日本認知症学会
日本頭痛学会 頭痛専門医
専門分野
頭痛の治療
認知症の治療
首、腰の病気、しびれ
血管の病気
めまい、たちくらみ
てんかん
高血圧、高脂血症、糖尿病
リハビリテーション
略 歴
2013年
近畿大学医学部医学科 卒業
高砂市民病院 初期研修医 内科、外科、製鉄記念広畑病院 救急科
2015年
医療法人寿会 富永病院 脳神経外科
2018年
医療法人寿会 福島県 総合南東北病院 脳神経外科
2019年
医療法人寿会 富永病院 脳神経外科
2021年12月
医療法人寿会 富永病院 退職
2022年2月
天王寺だい脳神経外科 開院




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